2028年打ち上げを目標とする火星有人探査ミッション「アレス・プライム(Ares Prime)」は、NASA、SpaceX、JAXAの三者による史上最大規模の有人宇宙飛行プロジェクトだ。2026年4月現在、打ち上げまで約30ヶ月を残した段階で、主要技術の開発は大幅な進展を見せる一方、宇宙放射線対策と宇宙飛行士の長期滞在に関する医学的課題が依然として解決を要する状態にある。

2026年3月にヒューストンで開催された「国際火星探査シンポジウム」では、三機関の責任者が一堂に会し、現在の進捗状況と2028年打ち上げに向けたロードマップを発表した。本稿では、その内容を踏まえて、計画の全容と課題を詳報する。

ミッションの概要と目的

アレス・プライムの主目標は、人類初の火星地表への有人着陸と、最低500日間の滞在による科学的調査だ。着陸地点は火星の赤道付近、古代の河川が流れた痕跡が残る「ゲール・クレーター」東部に設定されている。水の痕跡が残るこの地点は、過去の生命存在を示す岩石や化石の探索に最も適した場所とされる。

クルーは宇宙飛行士6名で構成される予定で、NASA・SpaceX・JAXAから各2名を選出する。JAXAからは今秋に最終候補者2名が発表される見通しで、日本人宇宙飛行士の火星着陸が実現すれば、日本の宇宙開発史上最大の快挙となる。

ARES PRIME MISSION TIMELINE
2026 Q3 SLS Block 2 認定試験 2026 Q4 Starship HLS 第5回試験飛行 2027 Q1 ISRU実証機 火星軌道投入 2027 Q3 クルー最終選考 訓練終了 2028 Q1 打ち上げ 2028 Q4 火星着陸 ▼ 現在 2026 2027 2028

SpaceX Starship HLS の開発状況

火星着陸システムの核となるのが、SpaceXが開発する「Starship HLS(Human Landing System)」だ。全高50メートル、推力約7,500トンを誇る同機は、地球から宇宙へのペイロード輸送と、軌道上での燃料補給を経た火星着陸の両方を担う。

2026年3月時点でStarship HLSは通算4回の試験飛行を完了しており、3回目および4回目の試験では地球周回軌道への到達と海上帰還に成功した。しかし火星ミッションに向けて最大の技術課題とされる「軌道上での液体燃料補給」については、まだ完全な成功事例がない。火星まで7ヶ月の旅に必要な燃料を確保するには、軌道上で最大10回の燃料補給タンカーとのドッキングが必要とされ、この工程の完全自動化が2027年前半中に達成できるかどうかが、2028年打ち上げの可否を左右する最重要因子となっている。

Starshipは世界の宇宙開発の概念を根底から変えた。2028年打ち上げは確実だ。問題は「いつ」ではなく「どの窓を使うか」だ。

— Elon Musk, SpaceX CEO(2026年3月 国際火星探査シンポジウムにて)

JAXA の担当役割と日本の貢献

アレス・プライムにおけるJAXAの主要担当領域は、宇宙放射線防護システムと生命維持装置の開発だ。JAXAが開発する「SPES(Space Particle Exposure Shield)」は、銀河宇宙線と太陽粒子線の双方から宇宙飛行士を保護する多層シールド技術で、従来比40%の重量削減を達成しながら同等以上の防護性能を実現した。

また、火星表面での食料生産実験「MARSGarden」もJAXAが担当し、現在はISSの微小重力環境での植物栽培実験を重ねている。大豆・コムギ・トマトの栽培に成功しており、長期滞在に必要な栄養補給の一部を現地調達できる見通しが立ちつつある。

さらにJAXAは、火星地表探査のための「MOLE(Mars Observation Legged Explorer)」と呼ばれる4脚歩行型ロボットを開発中だ。不整地に強い歩行システムと、土壌サンプリング機能を持つMOLEは、クルーが直接立ち入れない危険な地形での探索任務を担う予定だ。

宇宙放射線問題:最大の医学的課題

火星ミッションの最大の技術的・医学的課題が宇宙放射線への被曝リスクだ。地球の磁気圏と大気が銀河宇宙線から人類を守っているのに対し、火星軌道や宇宙空間では強力な放射線に長期間さらされる。

NASAの推定によれば、今回のミッションで宇宙飛行士一人が受ける総被曝線量は約1.1シーベルト(Sv)に達する。これはNASAが設定してきた宇宙飛行士の生涯被曝限度(0.6〜1.0Sv)を超える水準だ。2024年にNASAは生涯被曝限度を1.5Svに改訂したが、長期的な癌リスクや認知機能への影響については、科学的な議論が継続している。

これに対処するため、JAXAのSPESシールドに加え、太陽フレア発生時のシェルター機能を持つ「水ベルト型遮蔽区画」が船体中央部に設計されている。また、薬学的アプローチとして、放射線防護薬「Entanglement-7」の効果についてISSで臨床試験が進行中だ。

ミッション技術仕様

項目 仕様・数値 担当機関
打ち上げロケット NASA SLS Block 2 + SpaceX Starship NASA / SpaceX
クルー人数 6名(NASA×2、SpaceX×2、JAXA×2) 全機関
打ち上げ予定 2028年1〜3月(地球-火星最適窓) -
地球-火星遷移時間 約210日(ホーマン遷移軌道) -
火星表面滞在期間 最低500日(次の最適帰還窓まで) -
着陸地点 ゲール・クレーター東部(北緯5.4度、東経137.4度) NASA/JAXA 共同選定
放射線防護 SPES多層シールド + 水ベルト遮蔽 + Entanglement-7 JAXA主担当
電力供給 核熱電変換(MMRTG)× 4基 + 展開型太陽電池パネル NASA
酸素・推進剤生成 ISRU(火星大気CO₂から電気分解)による現地生成 MIT / SpaceX
地球との通信遅延 3〜22分(火星-地球間距離による) NASA DSN + JAXA UDSC
探査ロボット MOLE(4脚歩行型)× 2機 + ドローン × 4機 JAXA
総ミッション期間 約900日(打ち上げから帰還まで) -

ISRU技術:火星大気から酸素と燃料を作る

アレス・プライムの革新的技術の一つが、ISRU(In-Situ Resource Utilization:現地資源活用)だ。火星の薄い大気は約95%が二酸化炭素(CO₂)で構成されており、これを電気分解することで酸素(O₂)と一酸化炭素(CO)を生成できる。得られた酸素は宇宙飛行士の呼吸用および燃料酸化剤として使用し、CO₂から分離したCOはメタン生成の原料となる。

2021年に火星探査車パーサヴィアランスに搭載されたISRU実証装置「MOXIE」が、火星での酸素生成に世界で初めて成功した。今回のミッションではその後継装置を事前に火星に送り込み、クルー到着前に十分な量の酸素と帰還用燃料を蓄積しておく計画だ。この「先遣物資送付戦略」は、帰還燃料を地球から運ぶ必要をなくし、ペイロード重量を大幅に削減する鍵技術となる。

2028年打ち上げへの見通し

三機関の専門家による現時点の総合評価では、2028年1〜3月の打ち上げ窓(地球-火星の軌道が最も効率よく一致する時期)での打ち上げ成功確率を75〜80%と見ている。主な遅延リスクは、Starship HLSの軌道上燃料補給試験の完了が2027年第1四半期に間に合わない場合と、宇宙放射線対策の医学的承認が遅延する場合だ。

万一2028年の窓を逃した場合、次の最適窓は2030年となる。NASAは正式には「2028年目標は変更なし」としているが、内部文書では2030年への延期シナリオも並行して検討していることが、関係者への取材で明らかになっている。

いずれにせよ、人類が太陽系の別の惑星に足を踏み入れる日は近い。その第一歩を日本人が共に踏み出す可能性も現実のものとなりつつある——宇宙開発の歴史における最も劇的な章が、今まさに書かれようとしている。

鈴木 花子
編集長 / 宇宙探査担当主任記者

科学ジャーナリスト。Nature誌、Science誌への寄稿歴多数。NASAジョンソン宇宙センター、JAXAつくば宇宙センターへの取材実績を持ち、有人宇宙飛行プログラムを長年追い続けている。著書「星へ向かう人々——宇宙飛行士の素顔」(2024年、講談社)。国際宇宙会議(IAC)にて基調講演を行う。